沖縄のしめ縄「ヒジャイナー」とは|左撚りの縄で“境”を結ぶ、琉球の結界文化

ヒジャイナーの基本

ヒジャイナーは、左撚り(ひだりない)で綯(な)った藁縄のしめ縄のこと。しまくとぅばで「ヒジャイ=左」「ナー=縄」の意があり、魔除け・厄除けとして“境(さかい)”に張る縄を指します。読谷村史の語彙でも「左縄(左撚りの縄)。魔除けの道具」と定義されています。

本土のしめ縄と何が違う?

本土の多くのしめ縄は右撚りが一般的ですが、ヒジャイナーは敢えて“逆撚り(左撚り)”にするのが大きな特色です。向きを逆さにすることで“常の流れ”を断ち、外から来る災いを境で跳ね返すという発想が込められてきました。民俗解説でも「通常は右撚りだが、ヒジャイナーは左へ撚る」と明記されています。

どこに、何のために張る?

ヒジャイナーは**屋敷や集落の“境界”**に張って結界を作ります。

  • 家の門口・出入口:門の上に張って内外を分ける結界に。
  • 集落の出入り口道を横切るように張り巡らし、東西南北を封じることで悪疫の侵入を防ぐ「シマクサラシ」に用いる。
  • 御嶽(うたき)や拝所神域を画す囲い縄として設け、場所の“聖さ”を示す。

この“境を意識して結ぶ”という使い方は、沖縄の石敢當・ヒンプン・シーサー・フーフダなど重層的な家守りと同じ思想上にあります。

代表的な行事:悪疫払いの「シマクサラシ」

シマクサラシは、集落の入口にヒジャイナーを張り牛や豚などの骨や肉をくくりつけて外からの悪疫を防ぐ厄払い。沖縄各地で伝承され、糸満などでは旧暦2月の決まった年に行う例が知られています。大学紀要の民俗研究でも村落レベルで最も一般的な防災法として詳細が記録され、「通常右綯いに対し、ヒジャイナーは左綯い」と技法の違いを明記しています。

家庭のなかのヒジャイナー

かつては産室の戸口にヒジャイナーを張り、生まれてくる子や産婦を魔から守ると信じられていました。また、御嶽の「イビ(拝所)」周りを左縄で囲って神域を示す実践もあり、“人と神の領分を乱さない”ためのしるしとして働いてきました。

正月飾りとの関係:久高島の「ガンシナ」と祈り

沖縄の正月飾りには、久高島の「ガンシナ」を意匠化したしめ縄が知られます。ガンシナは本来、女性が水汲みの際に頭に載せた藁の輪状の道具ですが、「神と人を結ぶ」「暮らしを守る」象徴として再解釈され、正月の祈りを込めた“島のしめ縄”として継承・制作されています(ガンシナ注連七輪)。ヒジャイナーそのものではないものの、“縄で境を結び、祈りを掛ける”沖縄らしい実践の一例です。

作法と作りのポイント

  • 撚り方向左撚りに綯う(左手が上、右手が下)。これがヒジャイナーの肝心要。
  • 素材:主に稲藁。地域によってはクバや月桃の紐なども併用され、御嶽では場所に応じた材を使うことも。
  • 張り方境に対して水平に張るのが基本。集落では道を横断するように高所へ、家では門梁や門柱間に。骨や肉・サン(魔除けの葉)を添える行事形もあります。
  • 期間:行事の定め(旧暦の特定日)や、正月・厄払いの期間のみ。役目を終えたら丁重に外し、地域の作法に従って処分。

豆知識:左へのまなざし

沖縄には左巻き(左御紋)など“左”に特別な意味を見いだす伝承が各所に見られます。ブログ的な紹介ながら、左巻きの縄=ヒジャイナーと王府の左御紋(三つ巴)を結び、“左=結界や守護の象徴”として読む向きもあります(諸説の一つとして)。

現代にどう活かす?

  1. 境を意識する
    門口・玄関・通路など、“外と内の境”に意識を向けて小さな飾り縄を設けるだけでも、空間の“節度”が生まれます。
  2. 安全と景観
    屋外に張る場合は強風・落下対策を徹底。景観的には石敢當・ヒンプン・シーサー・フーフダとの役割分担を考えると配置が決めやすい。
  3. 地域の作法を尊重
    御嶽や集落の結界は共同体の合意と秩序で成り立ちます。勝手に設置・撤去しない年中行事は地元の指示に従うのが鉄則です。

まとめ:縄一本で「世界の境目」を可視化する

ヒジャイナーは、左撚りという“逆さ”の技法で流れを断ち、境で災いをいなす沖縄独自のしめ縄です。

  • 家や集落の門・道口・神域に張り、見えない結界を描く。
  • シマクサラシなどの行事で外からの悪疫を退ける
  • 正月飾りや御嶽の囲いに生きる**“結んで祈る”暮らしの作法**。

縄一本で世界のこちら側とあちら側を分ける――ヒジャイナーは“境を丁寧に扱う”沖縄の美学を、いまも確かに伝えています。


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